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「羇旅漫録」で苦労した点

 先日、四つめのEPUB本「羇旅漫録」をアップしましたが、その制作も暗中模索・試行錯誤の連続。まあ、多くは自分のスキル不足が原因なのですが、なかにはEPUBの規格やリーダーの仕様によるものもあります。制作の過程で見えてきたことを、以下にまとめておきます。

FUSEeβを初使用
 この本は鏡花本の場合と違い、古典といっても味読系ではなくいわば情報系で、どう書かれているかより、何が書かれているかが肝。で、思い切って読みやすさを重視して本文を新字・新かなにしてしまいましたので、二三の外字画像を使った以外は、旧字関係の苦労は回避できました。また、ルビの量も総ルビの鏡花本とは大違いだったので、制作はinDesignを介さずに、エディターで加工した元テキストをFUSEeβ に取り込んで行いました。FUSEeβはEPUBを直接編集するSigilと違い、プロジェクトファイルを保存してそこからEPUBを書き出すスタイルのソフトですが、定型的な工程はSigilと同じように自動化されているようで、違和感なく使うことができました。ただ、高価なマニュアル本を買わずに手探りで使っていますので、パッケージ文書などを手編集した際、下手なことをやってしまってプロジェクトファイルが開けなくなったりといったことも。書き出していたEPUBファイルを読み直して再開できましたが、自動化が主体のソフトだけに手編集への許容度は低いのかもしれません。また、一応完成した後のEPUBファイルの小さな手直しはSigilの方が手っとり早いのでこちらを使っていますが、SigilはSigilでドキュメントを勝手に書き替えてしまうことがあり気が抜けません。もともと個人が効率に関係なくシコシコやっていることながら、制作の流れはまだまだ流動的で不安だらけです。

挿図の位置はリーダー任せ?
 この本には大小の挿図がけっこうな数あり、今回はそれをどう入れるかに苦心しました。挿図は大きく分けて、①1ページを丸々占めるもの、②上寄せか下寄せか天地100%で文中に置くもの、③行内に文字と連なって置くもの、の3種類がありましたが、悩ましいのは①と②、特に②。図の入る位置にスペース(横幅)が十分にない場合は、図は次のページに送られてしまい、前のページには大きな空白ができてしまいます。1ページ大の図の場合は関連した文章の次のページに図のページが来るので、多くの場合文章の後に空きができるのは、まあ仕方のないことですが、②の挿図でこれが起こってしまうのはちょっと苦しいという感じがします。文字組みが決まっていれば、イメージタグの挿入位置を前後させることでうまく収めることもできるのでしょうが、リーダーによって文字組みは異なりますし、読者が文字サイズを変えることによっても違ってきます。あらゆる条件でベストな挿図の位置などというのは、現状では実現不可能でしょう。このようなことが起こるのは、文章の特定の位置にしか挿図の指定が行えないからですが、それをもっと幅をもたせて一群の文章のどこか適当な位置に置くといった指定ができて、それをリーダー側が空白が出ないように塩梅できるようになれば、もうちょっと改善されるのではないかと思いますが、果たしてそんなことが可能なのかどうか。

リーダーによって違うナビゲーション文書
 EPUBにはナビゲーションドキュメントというものが必須で、リーダーはこの文書を目次表示機能で利用しています。EPUB2までは.ncxという拡張子の書類がそれで、コンテンツ内に目次を置きたい場合は、それとは別に目次ページも作らなければならなかったのですが、EPUB3からはXHTMLのナビゲーションドキュメントを一つ作れば、それがリーダーのシステム目次とともにページ内の目次も兼ねるようになりました。もちろん、EPUB2のように別途目次ページを用意してそれを使うことも可能です。
 ややこしいのが、リーダーによってこのナビゲーションドキュメントの扱いが異なるということです。たとえば、iOSのKinoppy・bREADERとkoboは.ncxとXHTMLの両方、つまりEPUB2・3のナビゲーションドキュメントを利用できますが、ソニーReaderは.ncx文書しか読んでくれません。だから、ソニーReaderに対してはシステム用の.ncx文書と本文用の目次が必要です。一方、Kinoppy・bREADERとkoboはXHTMLのナビゲーション文書一つあればシステム用と本文用を兼ねられるはずですが、Kinoppy・bREADERにEPUB3のナビゲーション文書を本文目次として読ませると、EPUB3の規定通りにリスト形式で記述されたその目次は、何と改行されずに一連なりになって表示されてしまう、つまり目次として使えないということが起ります。ややこしいですが、まとめるとこういうことです。

    システム目次 本文目次
nav.ncx(EPUB2) nav.xhtml(EPUB3)
ソニーReader × 別途用意
楽天kobo ナビ文書兼用可
iOS Kinoppy・bREADER 別途用意
(bREADERはリンク不可)

 つまり、koboだけならEPUB3のナビゲーションドキュメント1つで完結するのですが、ソニーReaderとKinoppy・bREADERのことを考えると、結局3つの目次関係の文書を用意しなければならないということになります。いや、厳密にいうと、現状ではEPUB3のナビゲーションドキュメントはなくても構わない(鏡花EPUBはそうです)のですが、今回はFUSEeが自動で作ってしまったし、EPUB3と名のる以上はやはり置いておかなくちゃ、という次第です。
 ところでもう一つ、目次に関して落とし穴がありました。今回の「羇旅漫録」はKinoppyではなぜかシステム目次が空白になり表示されないのです。同根のリーダーであるbREADERには問題がないのにどうしたことかと、色々試してみて結局分ったのは、ナビゲーションドキュメントにマーカーが使われているのが原因だということ。ファイル内リンクのための#を頭につけたマーカーがあるとKinoppyはその目次を読まないようです。仕方なくKinoppyでは、ファイル内リンクを省いたおおざっぱな目次のみでお茶を濁しています。

koboの栞対策
 前回の投稿でも触れたkoboで自作EPUBを読むと、栞(読書位置)が残らないという現象。一番の対策はセンテンスごとに< span >タグで一定の番号を振ることのようですが、それはあまりに手間なので、「羇旅漫録」では各項目ごとに< section >タグで括って、kobo.1.1から始まる番号を振っています。これで一応は栞が残りますが、次に開いた時は各項目の頭、つまり見出し部分に戻ることになりますので、複数のページに渡る項目では厳密に読んでいたページが記録されるというわけではありません。また、全文検索ではピックアップはしますが、単語の位置へのジャンプはできないようです。

 「羇旅漫録」制作で出くわした主な問題点は以上ですが、他にもソニーReaderではカバーの書影が扉の画像に固定されていてパッケージ文書での指定が効かない、koboのシステム目次で、同一ページに二つの目次項目がある場合、後ろの項目へしか飛べない、前の項目をタップするとファイルの先頭へ飛んでしまうといった、各リーダーに起因する問題があり、これらに対しては今のところお手上げです。いずれにしても作ることで問題に出くわし試行錯誤しながら何とか対策を見いだしていくというスタイルで、これからもEPUBとじっくり楽しくつきあって行きたいと思っています。

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追加情報3つ

楽天koboで栞(読書位置)を残す方法
 前回の投稿の最後に追記したように、楽天koboで自作EPUBを拡張子を.kepub.epubにして読むと、表示自体は満足できるものになるのですが、読書位置が残らないという痛すぎる現象が起こります。その回避策として、各センテンスごとに< span id=”kobo.1.1″ >~< /span >という具合に< span >タグで括って一定の番号を振っておくという方法がネットで紹介されています。これで検索も働くようです。同様に< p >タグに番号を振っても栞は残るようですが、検索は効かないよう。どっちにしても自動化の手段がないととんでもなく手間がかかりますし、ファイルも重くなってしまいますので、あまり現実的な対策とはいえないように思います。

KinoppyがIVSに対応。文中リンクも
 iOS読書アプリのKinoppyが1.2.2にバージョンアップして、bREADERに続いてIVSに対応しました。他にサロゲートペア、EPUB固定レイアウト、そして待たれた文中リンクにも対応と、一気のステップアップです。ただ、そのせいかずいぶん重くなってしまったようで、iPod touchでは鏡花本が頻繁に落ちます。もはやiPhoneかiPadでしか満足に動かないようですね。ソニーReaderは異体字セレクターをきれいに無視するし、サロゲートペアには対応しているようですので、部分的に文字化けする楽天koboのことを考えなければ、鏡花EPUBは全部IVS化してしまってもかまわないかもしれません。

「ハリー・ポッター」は参考になります
 情報としては古くなりましたが、7月末に発売された「ハリー・ポッター」の電子書籍シリーズ。電子透かしを利用した事実上のDRMフリーに引かれて一冊購入して、さっそく腑分けして勉強させてもらっています。面白いのはナビゲーション文書が3種類もあること。目次はncxで表示したり、リスト形式の目次が表示できないリーダーがあったり、バラバラな仕様に対応しようとするとこういうことになってしまうようです。あと、扉画像を< svg >タグで括ることで安定して扉表示ができるようで、その辺りの仕組みは私にはチンプンカンプンなのですが、とりあえず猿真似させてもらおうと思っています。他にも参考になるテクニックがいろいろ蔵されていそうです。
 その「ハリー・ポッター」、何の気なく読み始めてみましたが、なるほどこれは面白いですね。英国ファンタジー文学の伝統を受け継いだ、文章も構想も読み応えのある大作で、日本の宮崎駿などのアニメ・ファンタジーとはまったくの別物、あくまでこうして読んでこその作品という気がします。そういう意味で大冊の物理的・経済的負担を軽減した今回の電子化は、電子書籍の利点を印象づけるいい企画だったのじゃないでしょうか。直売サイトのポッターモアから最初はソニーReaderにダウンロードしたのですが、すぐにkoboへの同期が可能になったので、フォントと文字組みの勝るkoboでもっぱら読んでいます。もうすぐ出るらしい新Reader PRS-T2の文字の姿はどうなるでしょうか。

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ソニーReaderの行頭半角括弧に泣く

  三つめの鏡花短編選、「深山編」をアップしましたが、今回もEPUB版で難題が一つ。最後の「雪靈續記」の唄の引用部分。底本では「雪やこんこ、霰やこんこ。」の唄の2行などが、全体を大きく下げた上で、先頭の鍵括弧だけ1字上げて、というか2行目の頭を1字下げて、雪と霰の並びを揃えています。まあ普通こう組むでしょうね。下は iOSのKinoppyの表示で、2行目の頭を1角下げることで底本通りに揃えることができます。けど問題はソニーReader。

 ソニーReaderのepub3は以前に触れたように、起こし鍵括弧が半角に固定されています。そのため2行目を1角下げると1行目より半角多く下がることになってしまうのです。こんな具合。

 かといって、Readerに合わせて下げを半角にすると、今度はKinoppyで揃いません。このままで仕方がないかとも思いましたが、あまり体裁がよくないので一応色々試してみます。例によって泥縄式に検索でそれらしいタグを見つけて片っ端から試します。pre、tt、monospace、white-space…、いづれも効果なく、ソニーReaderの半角鍵括弧は動きそうにありません。Readerで揃ったらKinoppyでズレ、Kinoppyで揃ったらという具合。お手上げであきらめかけた時、起死回生のアイデアが閃きました。

 2行目の頭にも鍵括弧をつけてしまうのです。そうすれば、それが半角であろうが全角であろうが、字は揃います。そして2行目の鍵括弧を見えなくしてしまえばいいのです。CSSで鍵括弧の色を白にするとうまく消えました。バックに色を敷けるビュワーではばれてしまうトリックですが、白バックのみのReaderとKinoppyには有効です。ただし、テキストデータとしてはこの鍵括弧は確かに存在し、しかもあってはならないものですから、これはあくまで、特定のリーディングシステムでの視覚的表象のみに特化した制作事例で、EPUBをインターネットに流通する書籍データの一つとして考えた場合は、明らかに禁じ手ということになるのではないかと思います。タイトルページの擬似中央縦書きといい、こんなことばかりやっていますが、EPUBでの見場と実データとのバランスはよく考えるべき問題だと感じます。

 それにしても、ソニーReaderの起こし鍵括弧の半角固定はやはり少々迷惑ですね。もちろん、組版の方針として行頭括弧の天付きはあり得ますが、先行のドットブックやXMDFは全角で行っているようですし、印刷本でも最近は改行行頭は全角が主流で、半角はあっても非改行の行頭のみというのが多いように思います。特に、会話文が独立した段落になることの多い小説では、鍵括弧に続く文字が、地の文の改行冒頭と揃った方が自然に感じられ、その点でもReaderの改行行頭半角鍵括弧固定は無理があると思います。

 さて、こんなことで一喜一憂しながら好きな作品のEPUB化を楽しんでいる次第ですが、鏡花短編選のシリーズはこれで打ち止めで、後は親サイトの書庫に長く置いている古典テキストや、でき得れば返り点などを使った漢詩文のEPUB化にも手をつけてみたいと考えています。また翻刻ものだけでなく、オリジナルな作物もいずれ出してみたいという下心も抱いています。

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EPUB3で外字画像を使う

 「世話編」に続いて「鏡花短編選 北国編」の EPUB3版をアップしました。今回は「世話編」のレイアウトがほとんど流用でき、作業は格段にスムーズに進みました。ただし、唯一の難題になったのが外字。[火+發][氵+散][辟+鳥]の3字が、リーディングシステムのフォントに含まれず、異字に置き換えることもできない、正真正銘の外字として立ちふさがりました。幸い花園明朝というユニコード漢字約8万5千字を網羅したフリーフォントにこの3字は含まれているので、PDF版ではinDesignを介してこのフォントのグリフを出力することができましたが、EPUBではそうはいきません。

 EPUBで外字を表示するには幾つかの方法があり、EPUB日本語基準研究グループの「EPUB3日本語ベーシック基準」には

外字の使用
EPUB3で、外字を使用するには、
. PNG画像を使用する
. SVG画像を使用する
. SVGフォントを使用する
. WOFFを使用する
という方法がある。
SVGフォントは、運用コストが低いとも言われているが、EPUB読書システムでの必須要件
になっていなこともあるので、現時点では使用を避ける。
理想的な方法はWOFFであるが、現実的なプロダクションを考えると、PNG画像で外字を
作成するのが、現時点では最も汎用性が高い。

などと書かれています。WOFFやSVGフォントは私にはまだ敷居が高いこともあって、なるほどということで、まずPNG画像から手をつけました。

 「EPUB3日本語ベーシック基準」の指示に従って128×128ピクセルの文字画像を花園フォントで作り、Sigilの画像フォルダーにコピーします。例示通りXHTMLとCSSの指定を行うと、それなりに違和感なく文字として表示されます。また、画像をルビタグで囲むことで問題なくルビも表示されます。ただ、ソニーReaderでは文字がかなり右寄りになり、ルビと重なってしまうため、CSSにテキストと画像の並びを指定する「vertical-align : middle;」を加えることで修正しました。iOSのKinoppyでは(わずかに右寄りに表示されるものの)最初から問題なく表示されます。

 さて、これで一応EPUB外字の完成ではありますが、ラスタ形式の画像であるPNG画像の文字は、大きくするとどうしても輪郭にギザギザが出て、やはり仮の物という感じがします。ならば、「ベーシック基準」で次の選択肢になっている、ベクター画像であるSVG画像は使えないかと、Inkscapeなどもいじっているうちに、いつも外字の特定でお世話になっているGlyphWikiから、SVG画像がダウンロードできることに遅まきながら気づきました。花園フォントはGlyphWikiで開発されているオープンソースのフォントですから、当然3つの外字のSVG画像も提供されています。

 さっそくダウンロードしたSVG画像を先のPNG画像と差し替えてみると、さすがにベクター画像、拡縮しても破綻しない外字画像が、ソニーReader・Kinoppyで表示できるようになりました。表示の具合はこんな感じ。

  

 左がKinoppy、右がソニーReader。Kinoppyで少し右寄りになり、書体も各リーダーデフォルトのものとは違いがありますが、とりあえず上出来ではないかと思います。当面はEPUB3の外字は、GlyphWikiのフリーSVG画像で補完というのが、最も簡便な方法ということになるのではないかと思います。

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引き続きEPUB3と格闘中

 「親子そば三人客」に続いて、「鏡花短編選 世話編」をEPUB化してみました。出来上がりはすでに[オリジナル電子本]にアップしていますが、「テスト版」としているのは、ソニーReaderでけっこう深刻な表示の遅滞が発生するためです。引っかかる個所はいつも決まっていて、最後の「假宅話」の部分。この作品には一段落が改行されずに長々と続く個所が幾つかあり、その辺りにさしかかると「お待ちください」の表示が出て、ページ送りが長々と待たされます。ただでさえ重い総ルビの文章に、長い段落が重なってソニーReaderが音を上げたものと思われますが、iPod touch の Kinoppyなどでは何の問題もなく表示されますから、Readerの非力さはちょっと情けない感じです。お試しになる場合はその点ご留意ください。

 さて「世話編」のEPUB化は例によってinDesign5.5からの書き出しからスタート。後々、修正の手間がかかるinDesignからのEPUB書き出しですが、膨大なルビを避けて通れない鏡花本の電子化には欠かせないツールになっています。おっとその前に、「親子そば三人客」でもやった、ルビのグループルビからモノルビへの全面変更を。これはけっこう時間がかかりました。そして「親子そば」で化けた異体字を基本字に戻しておきました。これは後で Sigil 上でもできます。

 次に、書き出されたEPUBを Sigil で編集します。「親子そば」と同じくCSS指定の不具合を直し、作品ごとに書き出されたXHTMLファイルから、さらに各タイトルページを独立させます。目次ページはinDesignが書き出していますから、扉や奥付のページやらを追加しておきます。そして、それらのファイル名を toc.ncxファイルの<navMap>以下に書き込んでいくと、右ペインに目次の一覧が現れ、 content.opfの<manifest>にアイテムが列挙され、<spine>にページの並びが指定されていきます。このあたりの自動化も Sigil を使うメリットでしょうか。

Sigilイメージ

 ところで、上記の toc.ncxファイルは EPUB2 に添ったもので、内容は目次そのものでありながら、目次ページは別に用意しなければならなかったのですが、EPUB3からはXHTMLのナビゲーション文書を作れば、それが目次ページも兼ねることになっているようです。ところが、Sigil はまだEPUB3に対応しておらず、扱えるナビ文書は toc.ncxのみで、目次ページを別途作らなければいけません。下位互換のためにEPUB3でも.ncxファイルが扱えて、実際上は問題がないようなのですが、Sigil のEPUB3対応が待たれるところです。(作者のブログを見ると、残念ながら次のバージョンでもEPUB3対応はなさそう)

 さて、骨組みができたら、中身を整えていきます。最初の扉ページにはカバー画像と同じものを貼り付けることにし、小村雪岱の装幀画をバックにタイトル文字を置いた960×640の画像を作りました。これを Sigi で画像フォルダに入れ、右クリックで「セマンティクスを追加」「表紙の画像」と選べば、content.opfの<meta data>にカバー画像の設定が追加されました。そして扉ページにも同じ画像を配置し、CSSでページにめいっぱいになるように指定しました。

 苦労したのは各短編のタイトルページ。ページの中央に作品名が縦に置かれるだけのレイアウトですが、縦書きで左右中央に文字を配置する方法が分りません。調べてみると、EPUB日本語基準研究グループの「EPUB3日本語ベーシック基準」には

扉表現
縦書き日本語書籍の場合、扉ページではページ中央に配置することが多いが、EPUBの場合には、現時点では表現する方法がない。テーブルレイアウト(tableタグではなくスタイルのtable-cell)を使う方法もあるが、EPUB読書システムも対応しているとは限らず、またスタイルを使っているといっても、テーブルレイアウトをしたのでは、構造とスタイルの分離の意味がなくなってしまう。
ここでは、中央に揃えることはできないという前提で、前に空きを入れて調整する。

などと書かれていて、意外な悩み所のようです。

 推奨のように前に空きを入れてみても、ソニーReaderとKinoppyではずいぶん表示位置にずれがあります。かといって、このページも画像貼り付けというわけにもいかず、悩んだ末、タイトルページだけ横組みにして、左右中央に配置した文字を1字づつ改行して縦に並べるという奇策で切り抜けました。表示はみごとに中央にきましたが、文字データの扱いとしては邪道で、とてもお勧めできる方法ではありません。

 もう一つ、小さな工夫をしたのは、本文内にある一二三、上下などの章題の扱い。それぞれ一定の字下げをし、左右に空き行を取っていますので、各章題にclass指定を行い、CSSでindentと左右のmarginを一括指定することで、みごとに定位置に納まりました。こんなことは工夫というよりもCSSの機能としては当たり前のことかもしれませんが、遅れてきたCSS初心者としてなかなか気持ちのいいことでした。

 目次の後には注記ページを設けて、入力の底本やルビ・仮名遣い・旧漢字など、テキスト入力に関する注記事項を入れておきました。底本の旧字・異体字をほとんど生かすことができたPDF版と違い、EPUB版ではリーディングシステムが採用しているフォントの収録範囲内でしか旧漢字・異体字を使用できません。そのため、たとえば一点しんにょうがあったり、二点しんにょうがあったりと、底本の字体の統一性を損ねています。それでもできるだけ旧字や異体字を残したいと思うのは、鏡花の場合、総ルビなども含めて、活字紙面の姿そのものが表現の重要な一部になっていると考えるからです。新字統一、部分ルビの鏡花など読む気がしません。

 末尾には形ばかりの後付のページを置いてみました。書誌情報といえばEPUBにはメタデータがありますが、これから増えるだろう自主出版の電子本の場合、ISBNコードはないし、何を入れればいいのか悩むところです。しかし、それぞれの本にメタデータがあることで、ウェブ検索のように、世にある電子本の書誌情報を全検索して、ダウンロード・販売サイトに連れていってくれる検索システムが出現することは十分考えられます。自主出版だからこそメタデータを充実したものにしておく必要がありそうです。(データ登録制のようですが、OPDSカタログというものが既にあります。検索サイトも)

 さて、一応完成したEPUB3版の鏡花短編選をソニーReaderとiOSのKinoppyで見ると、最初に触れたソニーReaderでの表示の遅滞に加えて、行頭の句読点や受け括弧、行末の起こし括弧、くの字点の改行での泣き別れといった文字組みの破綻がわずかながら両方で見つかりました。禁則処理はEPUB側の指定も関係ありそうなので、CSSで「line-break : strict;」や「word-break : keep-all;」を入れてみましたが、状態は同じ。リーディングシステム側の改善に期待するしかなさそうです。なお、くの字点にnowrapを当てて中途改行禁止にしてみると、Kinoppyには効果がありましたが、ソニーReaderには効果なく、全点に施すのはやめました。

 最初は手探りでつきあい始めたEPUB3ですが、実地に試しているうちに、どこをどうすればどうなるかが少しずつ分かってきました。あくまで Sigil 頼みですが、構造・レイアウトが単純な文芸物などは、これで何とかなるのではないかという気がしています。EPUBでの自主出版のハードルはかなり低くなりました。後は、EPUBの豊かな可能性がもっと認知されて、制作から流通・読書環境までが充実し、これまで商業出版に排除されていた書物の芽がいたるところで顔を出し、これまで片隅に埋もれていた優れた書物が誰にも容易に入手できるようになれば、仲間ぼめとセンセーショナリズムに窒息しそうな日本の本の世界も、もっと自由闊達なものになるのではないかと思います。そのために、というほどの使命感は持ち合わせませんが、私も自分の実用と未来に参加する楽しみのために、EPUBの本作りを継続していきたいと考えています。

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鏡花PDFのレトロ体裁化

 「電書工房」などと大層な名のりをしつつ、当初よりPDF2本でお茶を濁している体たらく。せめて、「工房」らしくもう少し凝った作りを追求してみようと、虎の子の鏡花本PDFをいじってみました。

 2つの鏡花短編選は岩波の鏡花全集を底本として、その旧字と総ルビを可能な限り再現しようとしたもので、紛れ込んだ新字のバグ潰しもほぼ終り、コンテンツとしては完版に近づいています。ただし、文字面・見映えに関しては完成度は低く、手持ちの JIS X 0208フォントをベースに、足りない文字を別フォントで補うというツギハギ状態で公開していました。まあ、太めのフォントを選択したため、必ずしも視認性が高いとはいえない電子ペーパー端末でも比較的読みやすいPDFであったかと思いますが、文字の判読がしやすいことと、鏡花世界を再現する紙面であることとはまた別です。

 文字データ面では底本にしている岩波全集自体、ビジュアル面では、どうしても詰め込み式になりがちな全集の通例として、表紙廻りの鏑木清方の装幀を除いては、本来の鏡花本の紙面の雰囲気を十全に伝えているとは言い難いものであることに気づいたのは、国立国会図書館の近代デジタルライブラリーがPDF公開している、鏡花の存生時に発兌された多くの単行本紙面をつらつら眺めてから。特に、小村雪岱装幀による一連の美しい袖珍本は、表紙や見返しの意匠のみならず、本文の活字の姿にも作品にふさわしい流麗の気が込められていたことを教えてくれます。

 こうしてにわかに「活字」に対する興味が高まり、世に印刷史研究家なる人々がいることを知り、その著作やネットでの発信などに触れるなかで、鏡花の美しい本が次々に現われた明治末・大正・昭和初めの頃は、日本の印刷活字が急速に洗練の度を高めていった時期だったことを教えられました。

 当時の代表的な活字製造所としては、築地活版と製文堂(後の秀英舎)があり、鏡花本もそれらの活字を利用して出版されたようですが、本の出版時期によって文字の姿に大きな違いがあり、短いスパンで活字が改良されていった時代だったことがうかがえます。特に、仮名の変化が大きく、明治期には今の感覚からすると少々古風すぎる仮名の姿も見られるのですが、大正に入ると、古風を残しながらも実に洗練された、まさに鏡花作品にふさわしい活字紙面になっているように感じられます。

 たとえば右に紹介した大正十三年刊の『番町夜講』の紙面など、細身の流麗な仮名の姿が、後の岩波鏡花全集などよりもずっと美しく読みやすく感じられます。この後、時代が下ると仮名の姿は、視認性を重視したためか、もっと散文的になり、この流れるような姿を失っていくようです。だから、この辺りが鏡花本紙面の視覚的頂点と言っていいのかもしれません。

 となると、わが鏡花PDFで何とかしてそれを再現してみたくなってきました。クラシック音楽に古楽器演奏があるように、電子書籍に復古活字版があってもいいんじゃないか、というわけです。活字について色々調べていくうちに、最近はフォント業界にも古い活字の雰囲気を現代のフォントに取り入れる動きが増えていることを知っていました。で、探してみると、ありました。千都フォントから「日本の活字書体名作精選」というシリーズが出ていて、築地活版の仮名書体などがデジタルフォントとして覆刻されています。

 そのなかから、最良の鏡花本の雰囲気に近い、「築地体後期五号仮名」を思い切って購入。さて、inDesignの合成フォントの機能を利用して、仮名をこの築地体にし、漢字をヒラギノ明朝W3にして、二つの鏡花短編選に適用すると、一気に雰囲気がよくなりました。デジタルで蘇った原鏡花本と言いたいほどです。ただ、これまでの太めのフォントに代わって、漢字も仮名も細くなったので、電子ペーパーのソニーReaderでは少し読みづらくなりました。ますます照明が必須です。それによく見ると、この仮名フォントはサイズが少し小さめに作られているようで、漢字とのバランスが気になります。で、inDesignの合成フォントパネルで仮名のサイズを105%に設定。これでバランスがよくなり、読みづらさもやや改善されたようです。

 もちろん、こうした自由なフォントの適用は、inDesign→PDFだから可能なことで、inDesign→EPUB3となると多くの困難と断念が予想されます。この鏡花本のように、外字やルビ・傍点、さらにフォントバリエーションまで活用して電子本を仕上げる場合は、当分の間はPDFが第一の選択肢になりそうな気がし始めています。

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