鏡花PDFのレトロ体裁化

 「電書工房」などと大層な名のりをしつつ、当初よりPDF2本でお茶を濁している体たらく。せめて、「工房」らしくもう少し凝った作りを追求してみようと、虎の子の鏡花本PDFをいじってみました。

 2つの鏡花短編選は岩波の鏡花全集を底本として、その旧字と総ルビを可能な限り再現しようとしたもので、紛れ込んだ新字のバグ潰しもほぼ終り、コンテンツとしては完版に近づいています。ただし、文字面・見映えに関しては完成度は低く、手持ちの JIS X 0208フォントをベースに、足りない文字を別フォントで補うというツギハギ状態で公開していました。まあ、太めのフォントを選択したため、必ずしも視認性が高いとはいえない電子ペーパー端末でも比較的読みやすいPDFであったかと思いますが、文字の判読がしやすいことと、鏡花世界を再現する紙面であることとはまた別です。

 文字データ面では底本にしている岩波全集自体、ビジュアル面では、どうしても詰め込み式になりがちな全集の通例として、表紙廻りの鏑木清方の装幀を除いては、本来の鏡花本の紙面の雰囲気を十全に伝えているとは言い難いものであることに気づいたのは、国立国会図書館の近代デジタルライブラリーがPDF公開している、鏡花の存生時に発兌された多くの単行本紙面をつらつら眺めてから。特に、小村雪岱装幀による一連の美しい袖珍本は、表紙や見返しの意匠のみならず、本文の活字の姿にも作品にふさわしい流麗の気が込められていたことを教えてくれます。

 こうしてにわかに「活字」に対する興味が高まり、世に印刷史研究家なる人々がいることを知り、その著作やネットでの発信などに触れるなかで、鏡花の美しい本が次々に現われた明治末・大正・昭和初めの頃は、日本の印刷活字が急速に洗練の度を高めていった時期だったことを教えられました。

 当時の代表的な活字製造所としては、築地活版と製文堂(後の秀英舎)があり、鏡花本もそれらの活字を利用して出版されたようですが、本の出版時期によって文字の姿に大きな違いがあり、短いスパンで活字が改良されていった時代だったことがうかがえます。特に、仮名の変化が大きく、明治期には今の感覚からすると少々古風すぎる仮名の姿も見られるのですが、大正に入ると、古風を残しながらも実に洗練された、まさに鏡花作品にふさわしい活字紙面になっているように感じられます。

 たとえば右に紹介した大正十三年刊の『番町夜講』の紙面など、細身の流麗な仮名の姿が、後の岩波鏡花全集などよりもずっと美しく読みやすく感じられます。この後、時代が下ると仮名の姿は、視認性を重視したためか、もっと散文的になり、この流れるような姿を失っていくようです。だから、この辺りが鏡花本紙面の視覚的頂点と言っていいのかもしれません。

 となると、わが鏡花PDFで何とかしてそれを再現してみたくなってきました。クラシック音楽に古楽器演奏があるように、電子書籍に復古活字版があってもいいんじゃないか、というわけです。活字について色々調べていくうちに、最近はフォント業界にも古い活字の雰囲気を現代のフォントに取り入れる動きが増えていることを知っていました。で、探してみると、ありました。千都フォントから「日本の活字書体名作精選」というシリーズが出ていて、築地活版の仮名書体などがデジタルフォントとして覆刻されています。

 そのなかから、最良の鏡花本の雰囲気に近い、「築地体後期五号仮名」を思い切って購入。さて、inDesignの合成フォントの機能を利用して、仮名をこの築地体にし、漢字をヒラギノ明朝W3にして、二つの鏡花短編選に適用すると、一気に雰囲気がよくなりました。デジタルで蘇った原鏡花本と言いたいほどです。ただ、これまでの太めのフォントに代わって、漢字も仮名も細くなったので、電子ペーパーのソニーReaderでは少し読みづらくなりました。ますます照明が必須です。それによく見ると、この仮名フォントはサイズが少し小さめに作られているようで、漢字とのバランスが気になります。で、inDesignの合成フォントパネルで仮名のサイズを105%に設定。これでバランスがよくなり、読みづらさもやや改善されたようです。

 もちろん、こうした自由なフォントの適用は、inDesign→PDFだから可能なことで、inDesign→EPUB3となると多くの困難と断念が予想されます。この鏡花本のように、外字やルビ・傍点、さらにフォントバリエーションまで活用して電子本を仕上げる場合は、当分の間はPDFが第一の選択肢になりそうな気がし始めています。

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