「新柳情譜」出版、あれこれ

 昨日EPUB出版した「新柳情譜」は実は予定になかった本です。成島柳北のコラムをぼちぼち入力しつつ、いろいろと資料を調べているうちに、森銑三がこの芸妓列伝を激賞していることを知り、しかも、以前に一度阪大の先生が「花月新誌」の掲載ページを集成して影印出版しただけで、まだ活字本としては手つかずなのに気づいて、急遽作ってみた次第です。

 底本は、高価なゆまに書房の「花月新誌」復刻版を買わなくても、Googleさんが慶応義塾図書館の蔵本を全号公開してくれています。実にありがたい時代になったものです。このGoogleブックスや早稲田の古典籍総合データベース、近デジをサルベージすれば、EPUB出版に値する本が山ほど眠っていそうです。

 分量的にさほど時間はかからないだろうと思ったのですが、注の方で意外に苦労しました。というのも、柳北先生がその有り余る教養を駆使して、漢詩や本文でも、中国古典のソースをばんばん使っているからで、それを一つ一つ裏取りしていくのはかなりの手間です。でもここでも、実にいい時代になったもので、ほとんどはネット検索で片がつきました。特にありがたかったのは中国の百度百科や漢典などの検索サイトで、簡体字ながら何とか意は汲めますし、絞り込んで日本語サイトにたどり着く糸口にもなります。もちろん有名古典に関しては、日本でよく勉強されている方のサイトが助け船になりました。

 といっても、実は注記を断念している箇所も一二あり、また背景に気づかずにいる語句もきっとあるだろうと思います。制作の過程でも注記を後から追加することたびたび。そんなこともあろうかと、今回は敢えて注記に番号を振らず、よって本文にもアスタリスク(*)のみを付しています。一度振ってしまった番号を、注記の追加で更新するのは大変だからです。また、語句に注記へのリンクを張ると、リーディングシステムによってはいやおうなく文字に装飾がついてしまうので(CSSで止めているのに)、字面の美観と読みやすさからそれは避けたく、アスタリスクのみにリンクを施しています。小さなアスタリスクをタップして注にジャンプし、番号のない注記を探すのは面倒かもしれませんが、前者に関しては最近の端末は感度が改善されているので、慣れればさほど苦労はないはず、スマートデバイスではダブルタップで拡大すればよりタップしやすくなるし、という言い訳を用意しています。

 こうして、いざ公開となって迷ったのは、Amazonに出すべきかどうか、ということでした。前回の「茅野蕭々詩集」では購入ルートは新進決済サイトのGumroad(ガムロード)のみとしたのですが、みごとに前回の投稿で危惧した通りの経過を辿っています。別に落胆はしていないのですが、本の読者対象の超ニッチさに加えて、決済サイトへの不安もその理由の一つとなっていなくはないかもしれません。「茅野蕭々詩集」はそろそろAmazonに卸す方がいいのかもしれませんが、この本をいきなりAmazonに預けるのは面白くありません。

 なぜか、といわれると、感情的・感覚的にというしかないのですが、それを少し敷衍してみると。
1.せっかくEPUBというオープンで自由な規格があり、今や個人がそれぞれの場から自由に販売・流通できるシステムも整いつつあるのに、巨大な私企業に頼らなければならないのは残念だ。
2.しかも、Amazonのシステムには少し理不尽なものを感じる。特に例のKDPセレクトというもの。70%の印税欲しさにKDPセレクトに登録してしまうと、Amazon以外では売ることができなくなり、EPUBというオープン規格で本を作った意味がなくなる。
3.これを嫌ってKDPセレクトを避けると印税は35%になり、Amazonに半分以上持っていかれ、しかもそのままでは米国に税金も取られてしまう。35%だって従来の本の印税にくらべたら御の字だという人もいるが、それは企画・編集・デザイン・校正・印刷・製本・流通などの人的・物理的なコストが実際にかかっているからで、我がEPUB本などはそれを全部一人でやっていて、本の制作に関してはAmazonさんに一切手伝ってもらった覚えはない(まあ、Amazonのパブリッシングシステムを使って本を作った場合は、少し事情は違いますが、それでもA社の関与は限定的です)。なのに65%頂戴というのは、厚かましいにも程がある。
4.単純にKindleのフォントが嫌いだ。個人的にはあんな字面で本を読む気がしない。読んでほしくない。(これは八つ当たりか)
 といった所でしょうか。

 要するにEPUBの可能性を信じるがゆえに、それを離れることはできないし、だからといってAmazonの暴利システムを甘受するのも釈然としないという判断保留状態なのですが、しばらくはこのままEPUBのみで行って、このオープン規格の流通の回路が開けるのを辛抱強く待つのも楽しいかもしれないと思ったりしています。

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