泉鏡花「歌行燈」の舞台、桑名を訪ねる

「湊屋、湊屋、湊屋。此の土地ぢや、まあ彼家一軒でござりますよ。古い家ぢやが名代で、前には大な女郎屋ぢやつたのが、旅籠屋に成つたがな、部屋々々も昔風のまゝな家ぢやに、奥座敷の欄干の外が、海と一所の、大い揖斐の川口ぢや。白帆も船も通りますわ、鱸が刎ねる、鯔は飛ぶ。頓と類のない趣のある家ぢや。」(「歌行燈」)

「湊屋の奥座敷、此が上壇の間とも見える、次に六疊の着いた中古の十疊。障子の背後は直ぐに椽、欄干にづらりと硝子戶の外は、水煙渺として、曇らぬ空に雲かと見る長洲の端に星一つ、水に近く晃めいた、揖斐川の流の裾は、潮を籠めた霧白く、月にも苫を伏せ、蓑を乾す、繋船の帆柱が森差と垣根に近い。」(同)

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