『月瀬記勝』の舞台、大和月ヶ瀬の梅を訪ねて

「十村の梅、…溪に臨む者、最も清絶と為す。…尾山、其の北岸に在り。嵩・月瀬・桃野、其の南岸に在り。危峰層巌、簇簇として其の間に錯立す。梅、之が經(たていと)を為し、松、之が緯(よこいと)を為す。」(『月瀬記勝』記一)

「余、同人と院を出で、前崖を下る。山水と梅花と皆已(すで)に佳絶なるを覺ゆ。意に任せて行けば、一大谷に至る。…徑(こみち)は詰曲して上り、花、之を夾む。歩して其の間に出づれば、白雲を踏みて行くが如し。數百歩にして巓(いただき)に達す。下顧すれば彌(いよいよ)望み皜然たり。谿(たに)と山と相輝き映ず。」(同記二)

「歩して真福寺に抵(いた)れば、枝々は月を帶びて玲瓏透徹、影は盡く横斜す。寶鈿玉釵、錯落として地に満つ。…岸に傍ふて西行すれば、前に月瀬を望む。水清くして寒玉の如く、月影を漾(ただよ)はせて蹙(ちぢ)まりて銀鱗を作なす。而して兩山の花、倒(さかしま)に其の上に蘸(ひた)す。」(同記三)

「尾山の梅、谷を以て量(はか)れば、八谷各數百千樹。真福、其の極西に在り。其の下、初谷と為し、名づけて敞谷と曰ふ。第二、鹿飛と曰ふ。第三、捜窪と曰ふ。其の上に天狗巖有り。…第四、祝谷と曰ふ。第五、菖蒲谷と曰ふ。第六、杉谷と曰ふ。第七、即ち一目千本。第八、大谷と曰ふ。花の多きこと、一目千本と頡頏す。相距たること皆數十歩に過ぎずして、其の勝各異なり、状を盡す能はず。唯諸谷の花と前岸の山と、谿を夾んで相映じ、舟、其の間を行く。杳然として仙路遠からざるを覺ゆ。」(同記五)

「西に行くこと數百歩、花間、阪を得。螺旋して上れば、寔(これ)月瀬為り。…益(ますます)上りて巓に至れば、眼界豁然として、谿山呈露し、蔵匿し得る無し。花、山に溢れ、谷を塡(うず)む。彌(いよいよ)望み皜然たり。譬(たと)ふれば泰山頂に登り大地を下瞰すれば、皆白雲なるが如し。是梅溪の全真を得る者也。」(同記七)

「愈(いよいよ)上れば、則ち一目千本、左に見る。又前に南岸の花を望む。月瀬の觀を減ぜず。適(たまたま)斜日之(これ)を射て、花光は煥發し、芳霧は山谷に噴く。殆ど人をして目眩み正視する能はざらしむ。」(同記八)

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