泉鏡花「山中哲学」の春日野隧道と「貴婦人」の栃ノ木峠を探る

「越前武生から三里十町、かすがの村から手を立つたやうな急坂、昇天する龍のやうに蜿り上つて麓から十八町、たゞし武生からずツと爪先上りの道で、此坂から忽ち打つかるやうに險しくなる。
 上り盡すと休茶屋から斜に遠く隔つて隧道が一ツある。三十五七間もあらう。」(『鏡花短編選深山編』「山中哲学」)

「技士は、隧道の口へ立停つて、一歩も進みさうにない。彼の手を兩とも衣兜にいれたまゝ、肩を張つて、眞向に隧道に面し彳んで、冷い、暗い、濕ぽい、山腹を穿つた、煉瓦疊の巨大な洞穴の中を透しながら、」(同)

「名にして負ふ栃木峠よ! 麓から一日がかり、上るに從ひ、はじめは谷に其の梢、やがては崖に枝組違へ、次第に峠に近づくほど、左右から空を包むで、一時路は眞暗な夜と成つた。」(『鏡花短編選深山編』「貴婦人」)

「渡り掛けた橋の下は、深さ千仞の溪河で、疊まり疊まり、犇々と蔽累なつた濃い霧を、深く貫いて、……峰裏の樹立を射る月の光が、眞蒼に、一條霧に映つて、底から逆に銀鱗の龍の、一畝り畝つて閃めき上るが如く見えた其の凄さであつた。…
 澤は目のあたり、深山の祕密を感じて、其處から後へ引返へした。
 歸りは、幹を並べた栃の木の、星を指す偉大なる圓柱に似たのを廻り廻つて、山際に添つて、反對の側を鍵屋の前に戾つたのである。」(同)

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